手延べ返し 3

 男は今まで女に振られたことはありませんでしたし、告白した経験もないとむかしを振り返ります。「だから君に告白したのは、俺にとってすごく意味のあることなんだ」それはわたしに取って意味を持たぬことでした。この男は、わたしに躓いたのだと思います。まわりの女の子といかにも違う風であったから、この珍妙な女子に関心が動き知らずのうちに好意へと変化を起こしてしまった、それは事故に近かものだと女は振り返る。「今も4人の女の子に告白されて居るのだ」すごいのねと、返すと、「でもみんな断ったんだよ。彼女が居るからって」そしてそれは如何にもお前にとって意義深いことなんだよと求められている気持が圧し掛かり、しかしやはりわたしにとって変化のないことだと思うのでした。男の会社には若い女性の事務員が多く居りました。数人を部下に従え、理路整然とした的確な指示、女性という立場を弁えた良識ある態度、意地の悪い上司の愚痴も心を持って聞いてやるので若い女性からの人望はたいそう厚いと言うことで、もうここまで来ると果たして真実を言っているのかわたしには存ぜぬところであります。違う話をしてみないか。
「ボーナス100万もらった」
ボーナスが出た日、男はわたしに言いました。他の人より多いのだと言います。評価点の換算で同期よりもずっと多い金額であるそうで、わたしは生まれてこの方ボーナスをもらったことがないので、舌打ちしました。
「湯水の如くお金を使って居るよ」
何万もするジーンズを買ったと見せてくれますが、趣味が合わず難解でした。高そうな時計をしばしば見せられます。香水について何とか言っています。高価なもの、はでやかなものを好むあたりはいかにも名古屋人らしく、でかいひろいわかりやすいものが好きなのははたまたアメリカ人のようでした。わたしは、大味の映画を見ているようだと、後に男のことを振り返って居ます。とかく男は衣装持ちで、中でもハンカチと靴下は数多く所有して居りました。ハンカチと靴下の銘柄は決まってバーバリー、ラルフローレン、カルバンクラインの何れかでした。会社の女性というのはさりげないお洒落に目が行くもので、ふとハンカチを取り出したときに見えるワンポイント、椅子に腰掛けたときパンツの裾が上がって見え隠れする馬や騎士やアルファベットを決して見逃さないというのが男の持論でありました。仕事ができる上に服装にも気の遣える男なのねと感心することを目論んで、その話は寒心に堪えなかった。違う話をしてみないか。わたしは百貨店の靴下売り場で楽しそうにブランド品をより分ける男を見て、生きる違いを思いました。「このハンカチなんかどう思う?」この男とどう渡り合えばよいのか。先を案じますが、他に好いところもあるだろうと、わたしは心に言いました。日曜の夜ともなると男は一週間分のハンカチに丁寧にアイロンを当て、折り目正しくぴっしりと四つ折りします。男の部屋で手持ち無沙汰なので、アイロンを掛けましょうかと伺うと断られました。わたしは取り行いが雑駁として好い加減なので、信用されて居らんのです。仕方なく靴下を畳みますが、男の畳む方法とは違うと言うことで、すべて直されました。明日はどのハンカチと靴下で俺を演出しようか。そんな男はゲイナーを愛読して居ります。(つづく・・)