手伸べ返し 6

自動車は、自分が如何ほどの人間であるかを人に知らしめるに打ってつけであるとわたしは考えて居ります。わたしの愛すべきジーノがあんななのも、父が一生を掛けたところでハリヤーに届かずまるで宝石の如く大衆車を磨き上げるのにも、きちんと理由があるの…

手延べ返し 5

ある休日、男は三重県にあるナガシマスパーランドに行きたいと言い出しました。遊園地に中規模なアウトレットモールが併設され、この度さらにショッピングセンターが大きくなったのだと言います。それでふたりは遠出しようと車を走らせ、伊勢湾岸道路に乗り…

手延べ返し 4

とかく男は見栄っ張りでした。見栄っ張りとはたいがいケチのことを言います。会社の女の子と飲みに行けば全部その男が払うので、部下の女衆は流石太っ腹と無邪気に喜び、男は一緒に飲んでいた払いの悪い同僚の男性を揶揄して居ました。厄介なのは、男にやぶ…

手延べ返し 3

男は今まで女に振られたことはありませんでしたし、告白した経験もないとむかしを振り返ります。「だから君に告白したのは、俺にとってすごく意味のあることなんだ」それはわたしに取って意味を持たぬことでした。この男は、わたしに躓いたのだと思います。…

手延べ返し 2

男は愛知県の豊田市というところでひとり暮らしをして居りました。ベランダに出ると目の前には田んぼが広がり、夕べになれば蛙がよく鳴いていたのを覚えています。わたしの自宅も古墳にほど近い片田舎ですが、家のまわりの田んぼはとうの昔に埋め立てられ、…

手延べ返し 1

去年のいま時分はわたしにも彼氏が居りました。その人は六つばかり年上の人で、ある冬の日、わたしに付き合って見ないかと言うのでした。わたしの家から歩いて二分のところにある、三ツ屋という喫茶店での話です。三ツ屋は近所の人が憩いの場としてひととき…

パパンの電話

週のはじめの仕事が終わった。楠雅は電話を取った。楠雅は父。母の勤め先の元同僚の、清水さんからの電話であった。清水のおばさんは母に代わってくださいと父に頼んだ。それで父は受話器を電話機のそばに置いて、叫び声で「電話の長い人から電話」と母を呼…

犬を喰う

勤めて3週間が経った。続ける自信は今でもない。今のところ続けるけれども、会社はロケットを作っている。 五月の中ごろ、学生時代の先輩から中日のデーゲームに行かないかと言う誘いでの電話があった。断り、さいきん就職が決まったと話すと一体どんなと問…