手延べ返し 4

 とかく男は見栄っ張りでした。見栄っ張りとはたいがいケチのことを言います。会社の女の子と飲みに行けば全部その男が払うので、部下の女衆は流石太っ腹と無邪気に喜び、男は一緒に飲んでいた払いの悪い同僚の男性を揶揄して居ました。厄介なのは、男にやぶさかの自覚がないことでしす。付き合い出して間もなく、わたしはルイ・ヴィトンの黒革の財布を持たされました。未ださほど使われていない様子でぜんたいに艶があり、ロゴの型がそこらじゅうに押されています。この財布にお互い月々1万5000円ずつ入れて、それで一ヶ月のデート代としてやりくりしようと言うのが男の考えでした。それでわたしはいっさいをこの財布から賄いました。たまにご馳走してもらうと、奢ってやった奢ってやったと勝利の感に心奪わせ鬼の首を取ったようにわたしを攻撃するので、非常に面倒でした。ある日、わたしは家で飯を拵えるのがいやになり、すがきやに連れて行けと言いました。すがきやは名古屋発祥のラーメン店で、この地方のスーパーに入れば、ところどころ店舗を構えて居ります。値段は安く、いったい何で出汁を取って居るのか分からない白いスープが癖になり、時折無性に食べたくなる不思議なラーメンなのでした。小さい頃わたしは家が貧しかったもんですから、当時これは大変なご馳走で、今となっても思いは変わりません。男もすがきやは好物だったようで意見が一致快諾し、近くにある場末のスーパーに立ち寄りました。錆びれたスーパーでありましたが鮮度が好く手頃なものばかりなので人の出入りは多く、すがきやも繁盛して居りました。厨房から白い湯気が立ち込め、早々とカウンターにラーメンややソフトクリーム、コーヒーゼリーが並べられます。注文しようとレジの前で例の財布をわたしが出したとき、男は知った女の顔を目にするのでした。女はわたしくらいの年の頃で、髪の色の明るい、目の周りを黒く際立たせる化粧をした、細そりとした女性の人でした。女は先ずわたしの方を見ていて、それから一緒に居た男に視線を遣り、その男が知り合いだと気付くと、逃げるように消え去りました。その人は鬱病で会社を休んでいるさよちゃんと言う子で、休業中のため職場の人に会いたくなかったのでしょう、決まりが悪くて飛び去ったのです。そして決まりを悪くしたのはさよちゃんだけではないのでした。男が体裁悪く恥ずかしそうにして居ります。
「会社の人にこんなスーパーのしかもすがきやに居るところを見られるなんて」
「会社ではすがきやを食べるイメージではないの?」わたしが訊ねると、
「そんなもの食べたこともないと思って居るはずだ」一生の不覚と嘆いて居ります。わたしが、
「「しかも割り勘と来たもんだから」
と付け加えますと、たちまちに気を悪くし
「もうアイス、奢ってやらん」
そんな、と思いました。わたしはアイスを好物として居りました。(つづく・・)